日別アーカイブ: 2015年9月14日

小樽定点観測(9/14)

天気0914

 

 

 

 

 

今日の小樽は、晴れ。
昼12時時点で、気温  20.4度、湿度  62%。気圧 1021.2ヘクトパスカル。
事務所放射能測定 0.13μSv/h。

今日は、久々に青空になった気がします。

 

RADEX0914

 

 

 

 

 

 

 
また、昨日(9/13)の小樽天気は次の通りでした。

・天候     :曇り
・最高気温:18.4度
・最低気温:13.3度
・平均湿度:86%
・平均気圧: 1009.3ヘクトパスカル

こちらは、年金生活

一色さまにいただいているコラムは、「粘菌生活」ですが、こちらは「年金生活」の話。

中部大学の武田邦彦先生が、日本の年金制度の仕組み、成り立ちについて、わかりやすく

お話されています。

「“日本の年金が崩壊する”と、いう事が、制度設計した当時の厚生省の年金課長はわかっ

ていて、積立型年金として年金制度がスタートした」と衝撃的な内容も語られています。

、以下の写真は、札幌での、武田先生と三枝先生のスナップです。

武田先生

 

 

 

 

 

 

 

 

武田邦彦先生のブログはコチラです。

科学、歴史、健康、お金、男と女、食、など幅広いテーマの内容を、わかりやすくお話しされてます、お勧めです。

http://takedanet.com/

 

粘菌生活 第9回

一色さまより、今週のコラム“粘菌生活”をいただきました。

今週のテーマは「羅針盤」です。

粘菌生活は、毎週日曜に掲載予定です。お楽しみに。

 

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第9回 粘菌生活  羅針盤

このたびの水害で、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
災害にあわれた方々に、お見舞いを申し上げます。
現地で、救援をしてくださっている方々に、感謝申し上げます。
今日も目が覚める。
足や手を伸ばしてみる。
今日も動ける、と思った矢先だった。

ドン!!
と、突き上げるような揺れ。
ベッドで横になったまま、梁から天井にかけて積んである本を見る。
新書版が一冊落ちて、写真立てを直撃。
他に被害なし。
お隣の調布市が震度5弱。
私の住んでいるところは、震度3。

「ドングラッピン」という災害非常用、3日分の水と食料のセットが玄関においてある。
「ドン、グラッときたらピンとくるように」との願いから名づけられた。
実にわかりやすい。
名付け親の、水と防災用製品の会社を経営なさっていた方は、亡くなられた。
晩年の約10年で、2つの仕事をご一緒した。

仕事と趣味で、のべ100カ国以上の国に行き、訪れた土地の水すべてを持ち帰り、分析なさっていた。
オペラを愛し、学生時代合唱団で知り合った奥様とのオペラ鑑賞を楽しみになさっていた。

重い病であることが分かり、半年の命と言われたのが2010年5月ごろ。
会長に退き、会社の引き継ぎをなさった。
そして、2011年、3.11.
病を抱えながら、陣頭指揮をとられたと聞く。
かつて会長の会社から納入され、災害用に備えられていた可動式浄水装置4台が、孤立し、断水した島のプールや河川の水を飲み水に換えた。
震災から8カ月後。
会長は、ご自分のお別れの会で流す曲を選び、お別れの言葉を印刷した式次第を用意し、ホスピスで最期を迎えられた。
私の仕事にまで心を配り、ホスピスの病床から知人の方をご紹介くださった。

災害時の待ったなしは「水とトイレ」。
三枝龍生先生も、ブログでトイレットペーパーの準備を、とおっしゃっている。
水洗トイレが普及した今、断水は、飲み水が得られないだけでなく、水洗トイレが使えないことを意味する。
もし、断水してトイレに使える水がなかったら、便器にポリ袋をかぶせ、中に新聞紙を入れて排泄する。終わったら、口を縛ってさらにゴミ袋に入れ、ゴミの日にまとめて出す。

「3日分の水と食料、トイレの工夫は自分で」と、会長はおっしゃっていた。
なぜなら、災害時には救援や復旧にあたる役所の職員の方やその家族の方も被災者であるからだ、と。

携帯のワンセグに、どぶどろの中に沈んだ車に頭を突っ込み、行方不明者を捜す自衛隊員の方が映し出された。
水害にあわれた方々の救助に向った自衛隊員も、もしかしたら、被災者であるかもしれない。
その家族の方も被災していらっしゃるかもしれない。

ツイッターで、吉田茂内閣総理大臣の言葉が話題になっている。
防衛大学校第1回卒業式の祝辞と言われているが、防衛大学校一期卒業生3名が吉田総理を訪問した際の訓話という説もあり、出典が定かでないまま、引用することをお許し願いたい。
「君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し、国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか耐えてもらいたい」

「公僕」という言葉を思い出した。
初めて聞いたのは、35年以上も前のこと。
その学校の生き字引のような事務の女性が、定年退職を迎えた。
彼女は、間違いや遅れには大変厳しく、新採用の私は叱られることも多かった。
でも、素直に次からは叱られないようにしよう、と思えた。
退職のその日
「定年まで、公僕としての職務を大過なく果たすことができたのも、皆さんのおかげと思っています」
と深々とお辞儀なさった。

彼女の厳しさは「公僕」という使命に支えられていたのだ。
だから、叱責にも、血が通っていたのだ。

仕事はありがたい。
こんなふうに生きられたらと思える羅針盤のような先輩諸氏と、ご縁をいただき、人生のひと時を御一緒できる。
動ける限り、どこでも、何かのお役に立ちたいと願う60歳である。

一色