カテゴリー別アーカイブ: 粘菌生活

粘菌生活 第20回

第20回 粘菌生活    きものにスニーカー

今日も目が覚める
痛む足をひきずり
バスに乗ってリハビリへ

着飾った三歳とおぼしき女の子
七五三のお宮参り
きものにスニーカーの足元

こども用きものは
一つ身
三つ身
四つ身

息子のお食い初めに着せた
一つ身の祝い着
松に鷹の模様
これもばあちゃんの手配

七五三の祝い着にスニーカー
お出かけ着に浴衣
卒業式に矢絣のきもの、袴とブーツ
ばあちゃんが見たら目をむくだろう

身を守るには、慣れない草履や下駄よりスニーカーやブーツの方が合理的だ
矢絣は普段着であり、ジーンズで卒業式に出るようなものといったところで、きもの姿そのものが非日常
きものと袴であれば、あらたまった祝い着になると思われても仕方なかろう
ゆかたは肌着、といったところで、自由でカラフルな模様のゆかたは夏のおしゃれ着として定着しつつある

なくなるよりはいい
でも、なくなったっていいんだ
新しい形ができる

そういいつつ
一つ身の祝い着や
ガラクタの中で埋もれる粘菌生活

一色

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一色さま

今週も「粘菌生活」ありがとうございます。

小樽書房スタッフ

粘菌生活 第19回 

第19回 粘菌生活

今日も目が覚めた。
痛みは目に見えない。
画像にも映らない。

自分で自分を癒す。
生き物はみな静かにそうしている。
他に方法はない。

日常を生きる粘菌生活。

一色

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一色さま、

今週もコラム「粘菌生活」お送りいただき、ありがとうございます。

スタッフより

 

粘菌生活 第18回

第18回 粘菌生活       お返し

夜中に何度も目が覚める。
断続的な痛み。
気温と気圧がさがり、ダブルパンチ。

下あごから後頭部にかけての激痛。
繰り返し巻き返し襲ってくる。
「何をしている時が一番楽しい?」
「息子の小さい頃を思い出している時」
激痛から逃れる唯一の方法。

甘い甘い思い出。
「めんちょこ、ちゃんちょこ、さどっこ(砂糖っこ)」
赤ん坊をあやす時のはやし歌。

赤ん坊のエンドウ豆のような足指。
ぷくぷく、すべすべしたほほ。
この世のすべてと引き変えても惜しくないその笑み。

一瞬一瞬のしぐさ。
片言の会話。
三歳までの子どもは、この世のものではない。

思春期になると「ア行」の会話になった。
「あー」
「いーよ」
「うーん」
「えー」
「おー」
セミやトンボの脱皮みたい。
自分で自分を生む。
その苦しみと切なさ。
代わってやりたくても代われないもどかしさ。

息子を授かって、豊かで深い時間を生きた。
汲んでも尽きないあの世とこの世の贈り物。
お返しできないほどの贈り物に満たされて生きる粘菌生活。

一色

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一色さま、今週も“粘菌生活”をお送りいただき、ありがとうございました。

 

粘菌生活 第17回

第17回 粘菌生活    お立派に

今日も目が覚める。
気温の低下とともに出る、歯や関節の痛み。
だましだまし、起き上がる。

こんな日は、家でじっとしているのがいい。
外で人に会うのは、危険だ。
日ごろ押さえている怒りが、ちょっとしたことで噴出しかねない。
手負いの熊みたいなもの。
ベッドにもぐって痛みをやり過ごす。
ちょうど休日で助かった。

「あなたは、いつまで生きるつもり?」
手術後の私に母が聞いた。
なんですと?
私の返答を待たず
「私はあと20年生きる」
母が宣言する。

あと20年だと母さん、110歳近くになりますよ。
私は80歳をすぎますね。
父さん。
母さんを迎えにくるのは、まだまだ先のようです。

大陸で終戦を迎え、戦後を生き抜いてきた母。
くどい話が嫌いだ。
結論だけを言う。
説明はまったくない。
唐突でびっくりするが、後で考えると「ああそうか」と思う。

「20年生きる」
は、母なりの私への励ましなのだ。
次に来る言葉は
「私より先に死んではいけない」
「頑張って長生きしろ」
なのだ。
そして、いつも仕事があるかどうかを気にかけている。

亡くなった父は、樺太生まれの樺太育ち。
かつて、手術で舌の半分を失い話せなくなった父は、私が見舞うと
「いつ帰る?」
とボードに書いた。
帰る日を伝えると、安心する。
仕事に差し支えないかどうか、いつも気にかけていた。

入院中の父を、当時2歳の息子と見舞った。
帰り際、息子は病室からエレベーターホールまで送ってきた父を振り返り、父の名を呼んだ。
「○○ちゃん」
そして
「お立派にするんだよ」
と言った。

父は、始めての孫である息子に、赤ん坊のころから
「○○、お立派にするんだよ」
と言い聞かせていた。
おじいちゃんではなく、自分の名前にちゃんをつけ、
「○○ちゃん」
と呼ばせて面白がっていた。

父は、残った半分の舌で孫への電話とカラオケのリハビリを続け、なんとか話せるようになった。
そして、仕事に復帰した。

父母にとって、生きることと働くことはイコールだ。
仕事を休もうかなと思うたびに、どこからか聞こえてくる。
「お立派に」
萎えた気持ちを立て直すのによく効く。

父さん、母さん。
私は、今日もなんとか仕事して生きています。

いつまでお立派にできるだろうか。
体調がすべての粘菌生活。

一色

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一色さま、今週も「粘菌生活」お送り頂き、
ありがとうございました。

小樽書房スタッフより。

粘菌生活 第16回

一色さまより、今週も“粘菌生活”をお送りいただきました。
今週のテーマは“仕事と子供”です。

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第16回 粘菌生活   仕事と子ども

今日も目が覚める。
気温が15度を下回ると、動きにくくなる。
湯たんぽやアンカの季節。

ようよう起き上がる。
強張っている身体をほぐすように、ゆっくり動く。
あちこちに、痛みが走る。

温かいシャワーと腰湯。
朝からお湯を使える贅沢。
ようやく動ける。

少し無理をしても、外で仕事をする。
そのために、前日から、準備をする。
アイロンをかける。
靴を磨く。
早めに休む。
清潔にする。
身なりを整える。
顔色を整える。

仕事はありがたい。
こんな私でも役に立てることがある。
ぐずぐずと崩れていきそうな日常に、歯止めをかけてくれる。

朝、学校へ行く息子を思いだす。
ランドセルを背負って長い石段を上っていく。
「一生に一度しか買えないから上等のにしよう」
「ピカピカしてる!」
かなり奮発したコードバンの黒いランドセル。
振り返り、振り返り登っていく。
すっかり姿が見えなくなるまで見送る。
それから、仕事に向った。

結婚をして、夫の家族と同居した。
3年後に授かった息子は、生まれた時からおじいちゃん、おばあちゃんと一緒だ。
保育園ではなく、おばあちゃんとおじいちゃんに面倒をみてもらった。

私の祖母も母も働いていた。
一緒に住んでいた叔母たちも働いていた。
私の周りの女たちも皆働き、皆が助け合って子育てをした。
私と妹は、叔母の息子であるいとこをおぶって遊んだ。

幼稚園に行く私をバス停まで送ってくれたのは、叔母だった。
幼稚園に行く息子の送り迎えをしてくれたのは、おじいちゃん(夫の父)だった。

夕方のバス停に、祖母と妹と3人で、母を迎えに行った。
夕方の駐車場に、おばあちゃん(夫の母)と手をつないだ息子が私を待っていた。

子どもは、親のものではない。
連綿とつながる命の切っ先だ。
父母、兄弟姉妹、祖父、祖母、叔父、叔母、いとこ、はとこ・・・・・・。
その背後は、豊かに広がる人間関係に支えられている。
だから、子どもたちよ、安心して大きくなりなさい。

この手に孫を抱くまで、なんとか生き延びたい。
命がつながるその日を待ち望む粘菌生活。

一色